1日目、セントレアで昼食を食す。
フィンランドエアライン
11:50 ヘルシンキへ
17:10 ヘルシンキ着

18年振りのヘルシンキ、前回は日本から、ほぼ電車を乗りついで約1
週間でついたが、今回は飛行機で10時間、あっという間の旅だった。

ヘルシンキは、−9℃。少し肌寒かった。
17:10 ヘルシンキ発
18:30 ブタペスト着

着後、すぐにドナウ川ナイトクルーズへ 
ドナウ川ナイトクルーズ

ライトアップされた国会議事堂、王宮、くさり橋、その他の橋々を右
に左に望みながら美しいドナウ川をクルーズするツアー。
今回は冬で屋上デッキはマイナスの世界、それでも約1時間そこに
いるのが苦痛でなく、この寒さも忘れさせる程この夜景は美しかった
。パリーのセーヌ河の夜景クルーズを川も含めてスケールアップし
たかんじ。パリ程派手さはないが、そのひんやりとした静けさがより
夜景を美しくしている。
国会議事堂
ガイドさん曰く、今日は霧もなくとてついているとのこと。
晴れていても霧が多いと何も見えないことがあるらしい。
このシーンが一番見たかった。
くさり橋
ブダ王宮
途中、ユーターン
再び、王宮
再び、くさり橋
ヨハンシュトラウス2世作曲の「美しき青きドナウ」を聴きながらドナウ川を下る。
ドナウ川
:東欧、中欧を東西に横切り黒海に流れ込むヨーロッパ第二の大河。
全長2860km。
再び、国会議事堂
ブタペストの夜景クルーズは、今回の旅で一番期待していたのだが、天気もよく冬で空
気もすんでいて霧もなく最高のクルーズだった。
ブタペストの夜景は、ドナウの真珠にふさわしい輝きを放っていた。
ホテルへ戻る。
2日目、午前、ブタペスト市内観光へ

壁の傷は、昔の砲弾の跡

ブタペスト
:ドナウ川右岸のブタ地区と左岸のペスト地区からなる人口170万のハンガリーの首都。
その街の美しさは、「ドナウの真珠」「ドナウの女王」と称えられている。
昔、ヴェートベンが、ここでクラシックコンサートを開いたらしい。
くさり橋

ブタペストでドナウ川に架かる橋の中で一番有名な橋。
1849年に完成。第二次世界大戦で破壊されるも1950年に修復
され今日に至る。
橋のシンボルのライオン像は有名。
今回は、昼はバスで通過しただけで、歩いて渡れず残念。
夜はクルーズで、この橋を2回くぐったが、シルバーにライトアップ
されゴールドにライトアップされた王宮と重なって、その美しさに言
葉を失う。
英雄アルパードを生んだ伝説の鳥の像
   ブダ王宮

ドナウ川を見下ろすブタ側の丘にそびえる王宮。
1242年建立。その後、戦争、火災などをで修復を繰り返し激動の
ハンガリーの歴史を見つづけてきた。
現在の王宮は、1950年に修復されたもの。
ここからのドナウ川とくさり橋、ペスト地区の景色は絶景。
指輪を咥えたカラスの像
黒と灰色のツートンカラーのカラス
三位一体の像

18世紀に建てられた、ダビテ王がペストの終焉を祈る姿をモチーフにした像。

高さ約14m。
聖イシュトヴァーンの騎馬像
マーチャーシュ教会

13世紀に建立されたブタペストのシンボル的教会。
高さ80m、歴代の王の戴冠式が行われたゴシック様式の教会。
今回の旅では、工事中で中に入れないと
聞いていたが、、実際
見学できてよかった。(まだ外観は工事中だった。)
豪華さよりもオスマン朝に占領されてモスクに改装された跡など
タペストの歴史を感じさせられた。
   漁夫の砦

ネオロマネスク様式の白い尖塔を中心に1905年に完成された砦。
ここからドナウ川とペスト地区の絶景が見られる。
  ドナウ川とペスト地区の絶景

 
遠くに幻想的に国会議事堂が浮かび上がる。
くさり橋のシンボルで有名な舌のないライオン像
国会議事堂

1904年に完成した、ドナウ川沿いのペスト地区にそびえるバロック
やネオゴシック様式など多彩な様式を取り入れた教会。
高さ96m。内部はゴシック様式で装飾されている。
今回は協会内部は見学できず、ブタの丘やナイトクルーズで外観の
み堪能した。その外観の姿は壮麗であり重厚でブタペストの中では
一番印象に残る建物だった。
  聖イシュトヴァーン大聖堂

ハンガリー初代国王イシュトヴァーンを祀る大聖堂。
建設に約50年をようし1905年完成。
聖堂内には、イシュトヴァーン王の右手のミイラが展示されている。
 
   
   
二重十字架

聖イシュトヴアーンが、キリスト教の聖職者であり、同時にハンガリー国王であり政治に
司ることを意味している。
中央ドーム
高さ96m、直径22m
聖イシュトヴァーンの像

ブタペストの街では、いたる所で聖イシュトヴァーンの像を見る。
聖イシュトヴァーンは、何者なのか?

聖イシュトヴァーン
:ハンガリーのキリスト教化に貢献し、ハンガリー王国の礎を築いたハンガリー王国の初代国王。
   
聖イシュトヴァーンの右手のミイラ

お金を払うと数分間ライトがつく。
せこいギャラリーは、このタイミングを待っている。
というのも、ライトがついてない時は、全く中の右手が見えないから。
実際、ライト下だと、確かになんとなく右手らしきものが確認できる。
そもそもどーして右手が残ったんだろう。誰かに切り落とされたのか?
ブタペストで一番大きいイスラム寺院
  昼食
グャーシュ
チキンパプリカとニョッキ
  食後、ウィーンへ 
  ホテル着

今日は、最高気温2度、最低気温ー5度だったが、日本からマフラー、手袋、コート、
など十分防寒対策していたため、それほど寒く感じなかった。カイロも不用だった。
明日のウィーンも今日ぐらいの寒さとのことで安心する。
ただ、明後日のプラハは、もっと寒いらしい。  
夕食

スープ
白身魚とライス
アイスクリームとブルベリーソース
3日目午前ウィーン市内観光へ

ウィーン
:ハプスブルグ家の歴史ただよう芸術と音楽の都。
人口167万人。オーストリアの首都。
  シェーンブルン宮殿

1696年着工、1749年に完成したハプスブルク家の夏の離宮。
マリアテレジアが好んだ美しい黄色(マリアテレジアイエロー)で統一され
たバロック式、ロココ式の美しい宮殿。
今回は冬に行ったため庭園の美しい花はなく芝の上には霜がおりていた。
宮殿内のガイド付き見学は、1つ1つの部屋が時間制限があり、ビデオも
写真も禁止で残念。それでも内装は素晴らしく「ベルサイユ宮殿に匹敵す
る宮殿を」という時の皇帝レオポルト1世の命も頷ける。
  この建物には190世帯が、賃貸で生活しているとのこと。
家賃は約5万円(2LDK、100u)、国家公務員であることが条件。
1960年代、住宅不足のため、その対策として賃貸が始まった。
 
建物内は、撮影禁止のため、大ギャラリー(ウィーン会議の舞台になったベルサイ
ユ宮殿の鏡の間にも匹敵する有名な部屋)の写真がとれず残念。実際、大ギャラ
リーを見て、その凄さに圧倒される。
他に、漆の間、鏡の間、ナポレオンの部屋、マリーアントワネットの部屋、中国風

の部屋、デスマスク、ガラスで守られ展示されていた寝室など、すばらしい部屋
の連続だった。
  グロリエッテ

ここからの景色はお薦めとあったので行きたかったが、時間がなくて行けなかった。
往復1時間はかかるらしい。
 
時間がない人にお薦めなのが、このネプチューンの泉からの景色。
冬は花も枯れて、そのまま写真を撮るには地味すぎるシェーンブルン宮殿も、ここから
撮れば誰でも芸術的(?)な写真になる。
ただし、足もとに注意。冬は庭園内に氷が見られなくても、ここは陰になるため足もとに
氷が張っている。自分は見事に転んでしまった。
1961年、この宮殿の大ジャラリー(ケネディーとフルシチョフとの会議)でベル
リンの壁の建設が決定した。
   
ベルヴェデーレ宮殿

17世紀、オスマン軍からウィーンを守ったオイゲン公の夏の離宮。
バロック様式の宮殿で、バロック美術館と19・20世紀美術館を保有してい
る。庭園からウィーン市街の絶景が見られる。
この女像の乳を揉むといいことがあるらしい。(?)

当然ながら私はボディータッチした。
ヘルヴェテーレとは、眺めが良いを意味する。
その名のとおり、ここからのウィーンの町並みは素晴らしい。
  スフィンクス像

ライオンの身体と人間の顔を持った神聖な怪物像。 
金色の球体の天井をもつ建物は、分離派会館。

1897年、分離派の活動拠点として建てられた。
ナッシュマルクト(食料品市場)散策

肉、魚、野菜、パン、お酒、などいろんな食品が売られている。
昼食
フリターテンズッペ

細切りのクレープが入ったコンソメスープ。
ウィーンの伝統料理。
アインシュペンナー

生クリームをのせたコーヒー。
日本で言うウインナーコーヒーは、これ。
一頭立ての馬車を意味する。
ウィンナーシュニッツェル

ウィーンの代表的料理。
日本語名、ウィーン風仔牛のカツレツ。
ザッハートルテ

ザッハーのそれではないが、とりあえずウィーンでチョコレートトルテを食せて幸せ。
  午後、ウィーン歴史地区(リング散策)

640年にわたりハプスブルク家の都だったウィーンの旧市街の城壁を撤
去して造られた環状道路。
道路沿いには、ヨハンシュトラウス2世の黄金像で有名な私立公園、オペ
ラ座、モーツァルト像で有名な王宮庭園、王宮、美術史博物館、マリアテレ
ジア広場、国会議事堂、市庁舎、ヴォティーフ教会など、ウィーンのほとん
どの名所を散策できる。
市立公園

ヨハンシュトラウス1世の息子ヨハンシュトラウス2世 のヴァイオリンを弾く黄金の像で有名な公園。
  ヨハンシュトラウス2世の黄金像 
ヨハンシュトラウス2世
:「ワルツの父」ヨハンシュトラウスの長男で、「ワルツ王
と呼ばれる生涯をウィンナワルツの作曲に捧げたウィーン の作曲家。
カールス教会
:1713年、カールス6世(マリアテレジアの父)が、ペスト終焉を祈願して建造さ
れたバロック様式の最高傑作といわれる大寺院。高さ約72m。
ゲーテ像
王宮庭園

1896年に建てられたモーツァルト像で有名な庭園。
モーツァルト像の前には、音符をかたどった花壇がある。
今回の旅では、ヨハンシュトラウス像のあとに見たためかモーツァルト
像は意外と地味に感じた。
  モーツァルト像 
ウィーン美術史博物館

ウィーンを代表するヨーロッパでも屈指の博物館。
王宮とヘルヴェデーレ宮殿にあった王家のコレクション約40万点を収蔵。

今回は、時間がなく美術鑑賞できなかった。
マリアテレジア広場

ウィーン自然史博物館と美術史博物館の間に広がる広場。
中央にはブロンズのマリアテレジアの像が立っている。
フィアカー:ウィーンの馬車

ウィーン市内には、180台の馬車があり、このうち旧市街を走れるのは58台。
御者は、300人いて免許制。試験は、交通、馬の取扱、観光の知識(建物、博物館など)が問われる。
  オペラ座

パリのオペラ座、ミラノのスカラ座とともに世界3大オペラ座のひとつに
数えられる音楽の都ウィーンを代表する歌劇場。
1869年、モーツアルトの「ドンジョヴァンニ」で開演した。
年300日以上、オペラ、バレエ、コンサートなどが上演されるが、それでも、これらの収益では、維持できないため、スポンサーや税金に助けられている。
維持費は、年間100億円とも言われている。
15:00 オペラ座ツアーに参加。10分前に着くもすでに人人人
日本、アメリカ、ドイツ、フランス、イタリアなど国ごとに集り出発を待っている。
オペラ座は、入場料の収益だけでは赤字のためスポンサー収益で成り立っている。
今回、日本語ツアーは、他国より早くスタートできた

スポンサーのレクサス(トヨタ)の力を感じた。
劇場内

広すぎて1枚の写真では、納まらない。
また、ただデカイだけじゃなく重厚感があり、歴史も感じる。
日本のドームとは、対極にある空間。
オペラ座の舞台裏

この日は、「こうもり」の準備をしていた。
「こうもり」は、ヨハンシュトラウス2世の代表的なオペレッタ。
オペラ座鑑賞後、夜のウィーン散策

ケルントナー通り
国会議事堂

1883年完成された古代ギリシアの神殿風の建物。
  女神アテナ像 
市庁舎

19世紀末に建てられた高さ約98m、5つの尖塔をもつ美しいネオゴシック
様式の建物。
今回は、クリスマスシーズンに訪れたため、ライトアップされた建物、クリス
マスツリーの美しさに感動する。
ヴォティーフ教会
:高さ99mの2つの尖塔をもつネオゴシック様式の美しいい教会
1853年、フランツヨーゼフ1世の暗殺未遂事件の無事を記念して、ウィーン大学と同じ設計士により建設された。
夜の市庁舎
夜の国会議事堂
夜のケルントナー通り
ザッハートルテ発祥の店で有名な「ザッハー」

本当は、ここでザッハートルテを食べたかったが男ひとりで食べる勇気がなく写真で
我慢した。
  ザッハー ウィーン

オペラ座の裏手の位置するザッハートルテで有名なホテル。
創立者の父はザッハートルテを作った人物として名高い。
JKケネディーなど有名人が多く訪れている。
夜のケルントナー通り
夜のオペラ座
夕食、中華料理
世界の小澤征爾

小澤征爾:単身渡仏。世界的指揮コンクールで優勝。カラヤンに師事。ニューヨークフィルハーモニック副指揮官、トロント、サンフランシスコ、ボストン交響楽団音楽監督を経て現ウィーン国立歌劇団音楽監督を務める世界的指揮者。
ホテルへ戻る。
ビルの灯りもクリスマスツリー
シュテファン寺院

ウィーンのシンボル的建物。
高さ137mの南塔と60mの北塔の2つの尖塔を有するゴシック様式の
寺院。モーツァルトの結婚式、葬式が行われた場所としても有名。
今回ウィーン最後の夜になるまで、単なる教会のひとつと思っていた
が、夜ガイドブックでウィーンの思い出を振り返っているとこの教会が
ただならぬ教会であることに気づき、急遽、深夜タクシーで観光に行った。
暗闇の為、美しい外観は味わえなかったが本物を体感できてよかった。
映画「第三の男」でも有名なプラーター公園の大観覧車。

午前の市内観光中も第三の男で出てくる地下水路の入り口など、この映画に係る場所
が時々でてくる。
ホテルへ

遠くに見えるのは、ドナウタワー

高さ約250m。
4日目、朝、プラハへ
風力発電
チェコに入国する。
プラハに着く。

プラハ
:チェコ共和国の首都。人口120万人。1200年の歴史をもつ「北のローマ」、「百塔の街
」、「黄金の都」と称される美しい街。
映画「アマデウス」もこの街で撮影された。
昼食
石造りの内装を地下に降りる。
ビーフ煮込みのクリームソース。
クネードリキ(蒸しパン)
チョコレートムース
午後、プラハ市内観光
プラハ城

聖ヴィート教会、旧王宮、聖イジー教会、黄金小路などから成るボヘミア
王家の居城。
14世紀、カレル4世の時代に現在の形になった。
  プラハ城入口 
第2の中庭
  第3の中庭 
  聖ヴィート大聖堂 

プラハ城のシンボル的教会。
高さ96.6mの2本の尖塔をもつゴシック様式の教会。
中に入る
  プラハ城前のフラチャニ広場

今回の旅の後だが、2009年、4月5日、アメリカ大統領就任間もないオバマ大統領が
2万人以上の聴衆を前に演説した広場として有名。
プラハの街並み

赤茶色の屋根、中世にタイムスリップしたかんじになる。
ここからの風景も素晴らしかった。
旧市街へ向かう
カレル橋

14世紀、カレル4世の命により着工、60年をかけて完成したプラハ最古
のゴシック様式の美しい石橋。
全長約520m、幅約10m、両側には30体の聖人の像が並ぶ。
橋の上は、予想以上に人が多く賑やかだった。
ガイドさんの{スリに注意して下さい」の言葉も納得。
ネボムツキー像

触れると幸せになるという迷信がある像。
像に触れようとたくさんの人が集まっている。
橋の上には、いろいろな像があり屋外美術館のよう
モルダウ川ボヘミア地方を南北に流れるチェコ最長の川。全長430km。
遠くにレギー橋と射撃島が見える。
ここからのプラハの街の景色は最高に美しかった。
旧市街広場

ティーン教会や旧市庁舎などの建物に取り囲まれた旧市街の中心広場。
プラハの数々の歴史的事件の舞台となった。
今回は、クリスマスシーズンに訪れたためクリスマスイルミネーションで
彩られた美しい広場を見学できた。
  旧市庁舎

プラハで有名な天文台を有する旧市街広場に隣接している建物。
  天文時計 

15世紀に作られた仕掛け時計。9:00〜12:00の毎正時、窓に仕掛け人形
が現れる。

実際現場に行くと人だらけでかなり期待するもいつのまにか終っていてあっけ
にとられる。
ティーン教会

旧市街広場の東に位置する高さ80mの2本の尖塔をもつゴシック様式の
教会。
夜のプラハ城
夜のカレル橋

橋にあるたくさんの像が、ライトアップされ、もっと明るいかと期待して行ったが、以外に
暗く残念。
カレル橋は、昼の方がお薦め。
ただし、橋からのプラハ城の夜景は良かった。
旧市街側の橋門塔

今思うと、ここに登って、ここからカレル橋とプラハの街並みの1枚を撮りたかった。
カルレ4世像とアッシジの聖フランチェスコ教会
旧市街の裏道は入り組んでて迷子になりそう。
北欧の妖精、トロール人形
旧東ドイツの名車(?)トラバント

後日ベルリンにてガイドの人が、旧東ドイツ時代にこの車を予約しても手に届くのに12年
かかったとのこと。
ベルリンでは、現在この車を市内レンタルして運転できるらしい。
夕食、ビアレストラン「ウ・フレクー」へ

プラハで最も古く(創業1499年)有名なビアホール

ニューイヤーズイブのため料理はスペシャルメニューでいつもよりゴージャスとのこと。
店に入るとシャンパンのプレゼントをうける。
チーズの前菜
チェコビール

チェコは、国民一人当たりのビール消費量が世界一らしい。

また、チェコビールの黄金色は、19世紀にチェコで考案された。日本のビール会社が、これを見本とした。
特にピルスナウルケルという名のビールは、苦味があるが、直に旨味に変わる美味しい
ビール。キリンのプレミアモルツは、これを目標に作られた。
魚料理
詰め物したポークとサフランライス

この肉はけっこうヘビーだった。
それでも日本人向けに少量にしているらしい。
ケーキ
食後、ホテルへ。
ホテルの部屋は高層階のためプラハの街が見渡せる。
深夜、カウントダウンが始まり、プラハの街の至る所で花火が打ち上がる。
ひとつひとつの花火の規模はそれほど大きくないが、少なくとも100か所以上から
花火が打ち上がっている。建物の窓からも打ち上げている。すごすぎる。
やがて、ホテルの前の建物の屋上や道路からも打ち上げられ、自分の目の前で
花火が爆発する。危険を感じる。こんな状態が1時間以上続く。
今までにない花火大会(カウントダウン)だった。
5日目
ホテルの部屋からのプラハの街並み
マイセンまで途中何度も見る看板。
ミネラルウォーターの看板らしい。
マイセンへ

移動中は、降雪もあり雪化粧の森を見てブタペストもウィーンもプラハも雪が降らなくて
幸運だと思った。
昼食
トマトスープ
白身魚とポテトピューレ
特製プリン
  マイセン陶磁器工場

陶磁器博物館と工房よりなる。
工房では、職人の実演やビデオでマイセン陶磁器が完成するまでの工程
が学べる。博物館は3000点もの磁器コレクションを見ることができる。
また、1階には、マイセンのお店があり、買い物もできる。 
   
マイセン博物館
マイセンの街の散策

マイセン
:ドレスデンの北西約15kmに位置するマイセン陶磁器で有名な古都。
アルブレヒト城

15世紀に建てられたザクセン候の居城。
マイセンの街の中心にそびえる。
このフランクフルトは絶品だった。
ホテルに到着
夕食、ビアフォールへ
サラダ
ビーフロール、ポテトピューレ、赤キャベツ
フルーツとアイスのデザート
食後、ドレスデンの夜景観光へ

ドレスデン
:エルベ川沿いの歴史ある美しいドイツ屈指の古都。人口約50万人。
6日目、朝食
午前、ドレスデン市内観光

聖十字架教会 

13世紀に建てられたニコライ教会に後期バロック様式と初期古典様式が
加わり、19世紀に完成された教会。
現在の教会は戦後に再建された。
旅の最後まで世界一難解なパズルのあの聖母教会と思っていた。
今回の旅である意味一番思い出になった建物。
 
右手は、ゼンパーオペラ劇場

1826年、ゴットフリート・ゼンパーの設計により完成したヨーロッパ屈指
のオペラ劇場。
ザクセン候ヨハンの騎兵記念像 
アウグスト橋とエルベ川
   
シュトーレンケーキ

有名なドイツのクリスマスケーキ
聖フラウエン教会(聖母教会)

1743年完成した美しいドームをもつバロック様式の教会。
第二次世界大戦で崩壊し瓦礫のまま放置されていたが、1994年から
再建開始、世界一難解なパズルと呼ばれた。
2005年再建が終了し現在に至る。 
ドレスデンの象徴的教会。
今回の旅で一番見たい建物だったが、ドレスデンは第二次世界大戦で焼失
し、その後、再建された建物が多く、旅行中ずっと聖十字架教会と勘違いし
ていた。そのため、実際の現場で本物は見たものの、感動の記憶が残って
いない。めちゃくちゃ残念。ナミビアのソーサスフライの時もそうだった。
ドレスデン城

13世紀に建造された歴代ザクセン公の居城。
城の裏手通りにある約2500枚のマイセン磁器のタイルを使い描かれた
「君主の行列」は必見。
君主の行列

中央に居るのがアウグスト強王
ツヴィンガー宮殿

18世紀に建てられたアウグスト強王の離宮。
ドイツ・バロック建築の最高傑作といわれている。
内部は、5つ(絵画、陶磁器、武器、動物学など)の博物館になっている。
アルテマイスター絵画館

ツヴィンガー宮殿にあるドイツ屈指の美術館
ラファエロの「システィーナのマドンナ」は必見。
今までは内部の写真、ビデオは禁止だったが今年(2009)から撮影OK
そんなに広くないが、名絵が多い。 
   
「眠れるヴィーナス」ジョルジョーネ
「システィーナのマドンナラファエロ

この下に描かれている天使は、日本でよく見る天使グッズの基本モデルとして有名とのこと。
確かに、そう言われると、こんなかんじの天使を日本でも見た気がする。
「窓辺で手紙を読む少女」フェルメール
「失われた息子」レンブラント
「チョコレートの少女」リオタール
アウトバーンにてベルリンへ
ベルリンに到着
昼食

ベルリン風ミートボール、ニンジン、ポテト


ハンバーグのようで、おいしかった
ストロベリークリーム
  午後、ベルリン市内観光へ

ベルリン
:1990年、ベルリンの壁が崩壊し東西ドイツが統合され、1991年、東西統一ドイツの
首都とされた都市。
人口約340万人。 
  シーゲスゾイレ

19世紀、3つの戦争(デンマーク戦争、普墺、普仏戦争)での勝利を記
念して建てられた戦勝記念塔。高さ67m。
頂上には、金色の勝利の女神ヴィクトリアが輝いている。
今回の旅では、バスの中からしか見れなかった。
日本大使館
1961年〜1989年
ベルリンの壁
(トポグラフィーオブテラー)


1961年〜1989年の間、東西ドイツを隔てた壁。
このベルリンの壁が200m程残されている。
壁の裏側にはナチスの写真が展示されている。
このわずか十数センチの壁が29年間、ドイツを完全に分断していた。
フランデンブルク門 

かつては東西ドイツ分裂の象徴、現在は統合ドイツのシンボル的門。
1791年、プロイセン王国の凱旋門として建てられた。
高さ26m。門の上には、4頭馬車と女神ヴィクトリアの像の彫刻がそ
びえる。 
ホテル アドロン ケンピンスキー

5つ星の有名なホテルだが、むしろ、マイケルジャクソンが、窓から子供を逆さずりにしたことで 有名なホテル。
ベルリンの壁の跡
ペルガモン博物館 

1930年開館した ドイツを代表する考古学博物館。
古代バビロニアの「イシュタール門」、古代ギリシアの「ゼウスの大祭
壇は必見。
ゼウスの大祭壇
イシュタール門
壁には、想像上の動物が描かれている。
メソポタミア文明で有名なイラクのバビロンに、薄茶色のレンガ造りで、これと同じように
空想上の動物が描かれている遺跡がある。
このようなきれいな色は付いていないが、これらとの関与はあるのか?。
バビロンの行列通り
ベルリン大聖堂 

高さ114m、ドーム型のネオバロック様式の大聖堂。
今回の旅では、バスの中からしか見れなかった。
とくに、夜、ベルリンタワーと並ぶ夜景が印象に残った。
ベルリンタワー 

1969年に建設された旧東ドイツのシンボル的タワー。
高さ368m。
ベルリンの銀座、クーダム通りのクリスマスイルミネーション
ソニーセンター
夕食

マッシュルームスープ
ターフェル・シュピッツ

牛ランプ肉をじっくり煮込んだ料理
フルーツサラダ
7日目、朝食
ドイツのタクシーは、白のベンツが基本。
11:55 ヘルシンキへ
ヘルシンキ着
名古屋へ
8日目、名古屋着

セントレアで昼食を食す。